農家民宿「大道谷の里」
〒834-0084 福岡県八女郡立花町大字白木4578-1
TEL&FAX 0943(35)0760

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二人は青年団活動で知り合い、健介さんの“この人しかいない!”の執念でプロポーズ。加代さんは「あまりの熱心さに負け結婚しました」と話される。

現在、みかん2ha、キウイフルーツ1ha、タケノコ1ha、を経営。「JA生産部会の世話を15年間してきたが、その間妻には農作業負担をかけた」と健介さん。
加代さんは「農作業。子育てで無我夢中でしたが、いろいろなサークル活動に入会し、楽しみながら農業をがんばったから苦労とは思わなかった」と話される。

平成2年の大水害で、家屋に甚大な被害を受け、倉庫にしようかと思案していた頃、福岡市へ朝市に出かけ、都会の人達と交流するうち、「農業を多くの人に知ってもらうには?」と考えた末に、農業体験民宿「大道谷の里」を作られた。

「一生農業に係わっていきたい。そのためには消費者に農業を見直してほしいし、農業が生き残るための民宿にしなければならない」「将来は一軒だけでなく、地域ぐるみの民宿にしていきたい」と熱っぽく話された。


「現状のなかで生かされる素材はもっとあると思います。そして、それが広域に広がったらいいですね。」健介
 

「朝早くから夜遅くまで、ふたりとも山に行きさえすれば、それでよかったんです」  泰然自若とした健介さんが口火を切る。白木の農作物はみかんが7割を占め、キウイ、筍が続く。専業農家の中島家もそれに添う。

「けど、それだけで終わってしまうのは物足りない。死ぬまでみかんつくって、キウイつくって……。もっと何か別な生き方があるんじゃないかなあ。お互い仕事をしながらもう一つ物足りないと考えてたんです」

「大道谷の里」の表座敷に腰をすえたまま、窓越しの山を仰ぐような面持ちである。

対する加代さんは、どこかひょうきんである。
「ずうぅぅぅとここで暮らしとって、おもしろなかですよね。でも、よそに行くのは苦手。人に酔う。すぐに帰りたくなる。そいでもってよそに行くとかが好きですたい」  
どうもつかみ所がない。

ひるがえって、健介さんは変わらず自若である。
「別の道も楽しいんじゃないかなあ、何かしたいなあと考えていた頃、グリーン・ツーリズムという言葉が耳に入ってきた。農業の新しい形としても面白いなあと思った。そしたら平成4年、女房がドイツに研修に行った。農業民宿が印象に残ったらしくて、じゃあ農業をベースに自分たちのペースで、それとはなしにぼちぼち仕掛けてみようか、と」 結構安穏に聞こえる。

辛苦を包み込む健介さんの度量によるところ大であるが、現実には谷底へも落ちていた。
平成2年の集中豪雨で、自宅の隣を流れる白木川が氾濫。床下浸水し、田んぼも全滅した。先の、見えない状況の中、復旧作業に追われ、間もなく、被災した家はそのままに少し高台に移動する形で家を新築した。

しかし暮らし向きは好転せず、焦りも出てきた。そんなとき、加代さんが糸口を見つけたいとの思いで参加したのが、ドイツ研修だった。  行った先のゼーバッハは後継者がいなくなった村だったが、発想の転換で観光業を成功させていたのであった。

今の住まいも同じ造りにしたほど愛着があった築80年の旧宅。そこに手を入れ「大道谷の里」がスタートしたのは、平成8年秋のこと。体験民宿としては県内初の認可となった。
「結局余った家があるからやれたんですよ。それまでは地域の仲間の寄り場みたいなところ。公民館が使えんならオレんとこでやろうやという感じ。そういった積み重ねがあったからよその人が来ても、入んな入んな、使ってもいいですよ、とそう違和感もなかった」と健介さん。
「オレ、農業生産部の役員とかやったりしててのめり込むタイプ。(宿経営と)上手に使い分けるほど起用じゃなかけん」とあくまでも加代さんに任せっ放しのようなことを言うが、「オヤジさんが泊まりのお客さんを夕日見物に必ず連れて行く。手紙をもらう時は、あそこからの夕日が忘れられんってみんな書いてきてくれる」と加代さんが“内助の功”に頭を下げる。(あいにくこの日は曇り空。すぐ向かいのみかん山のてっぺんから、有明海に沈む夕日は拝めなかった)むろん器用じゃない健介さんにも、白木の男としての想いはいっぱいある。
「こだわってやろうというわけじゃないけど、(農村に来たら)くたぶれた顔、きつそうな顔だけだとは思われたくない。元気でやっている印象を持ってもらいたい。そういう形で接したいとは思ってます」なるほど。
だから「泊まりのお客やったら、必ず挨拶はするし、百姓の話をしたりもする」。それでもって。5箇条のこだわりもある。

1、 自分たちに合わせて予定を組む。
2、 料理はあるもので作る。
3、 ようらやる(“気軽にやることを心がける”という桐葉言葉)。
4、 地元の言葉で話す。
5、 あくまで農業が主で、民宿は従。

中島夫婦が農業民宿を営むにあったての決まりごとである。どれも大きくうなずいてしまう。客への媚びがないからだろう。これをどちらが主導で決めていったかは知らない。が、思いめぐらせるきっかけになる言葉はある。



「地域のことを一緒に考える中にめぐまれていると思います。これからも生き方のこだわりをすてて、何でもしたい気分です。」加代
こだわらなければ、夢はふくらまない。健介さんは、しばしば自分のことを「オレ」とはっきり言う。耳に新鮮だった。サラリーマンだった父親の転勤で各地を転々とし、東京にも住んだことがあるというから、その名残かもしれない。青春時代を充分に謳歌した人ではなかったか、と思ったりもした。しかしなんといっても、一家のあるじとしての自負を感じさせる。
(蛇足ながら、なぜ今があるのかというと、母親が一人娘だったため最後は父親が婿養子になった。旧宅に入ったのは昭和40年。総領息子だった健介さんも「農業もいいか、と自分に言い聞かせて」継ぐことに。それにしても、よく養子に間違われる。
「母ちゃんが強かけんでしょうね」)その、オレにとっては「強か母ちゃん」であるが、まずは「なわっとる」話から。
「今はあたしの方が桐葉言葉になっとる」と本人も認める里言葉。こちらも聞き取れず聞き直すこともしばしばだった。
例えば、ご飯を炊くのに電気釜は使わないので、「なわっとる」。なおしている。つまり仕舞っている。

なぜ仕舞っているのか。ここで、大道谷の里のこだわり具合を、目に見える形でぷんぷんと匂わす加代さんを通して、ちょっとのぞいてみる。
まずは、もてなしの基本となるご飯。
“なわっとる”電気釜に代わって活躍するのが無水鍋である。形は単なる厚手の鍋。フタが重いため、水なしで煮炊きができることからその名が付いた。加代さんはこれでないとご飯は炊かない。
釜で炊いたような味わいが再現でき、電気釜なんぞお呼びでないという。  

そういったこだわりが料理一品一品に込められ、素人ながらその腕前は特級である。さらに作者の喜びが味付けに加わるのが、この宿の醍醐味。

例えば、炊き込みにご飯を炊いたとする。そんなことは泊まり客の前で無水鍋の「フタ を開けるのが大好き」だという。「おお、お見事!」とみずから声を大にして開けることができるからだ。決してぶってるわけではない。料理を誉められるたびに「ほ〜ッ、ほんとに!?」と素直に喜びを表現する。これがまたなかなか愛嬌があって憎めない。

とにもかくにも、手前勝手な感嘆詞だけで食べる前から美味しそうに見せるのだから、客が喜ばないわけがない。民宿の許可を取って1年ほどは、加代さんが腕をふるう山菜料理の、いわば農村レストランだったが、今もって宿泊より料理目当てに来る客は多く、食事だけで月100人ほどを受け入れているという。
「店を始める前は料理はそれほど好きでなかったとです」と謙遜するが、やはり彼女が切り盛りする「店」である。「そン時そこにあったもんだから、何をつくるかわからん」とやや戦々恐々気味の健介さんを尻目に、当人は「独自に考えたり、お客さんから教えてもらったり」で日々の精進に怠りない。

さらにこの宿に華やぎを与えているのが、玄関脇、床の間、廊下などにおかれた大ぶりの生花だ。「料理は手抜きにしても花は飾りたい」「気持ちとしては野の花でもてなしたい」というほどだから、その想いの丈はおわかりいただけるだろう。いま地域の栽培農家のかなりの収入源となっている孔雀草は、加代さんが最初に導入し、水害の前まで栽培していたという。

山菜料理を十二分に堪能させてもらった。あとは立花町特産のキウイワインを味わいながら、何か余興でもあればなと思っていたら、その夜は運良く2週間に1回の音楽グループの練習日だった。
地区の好き者が「音楽したいねえ」とその場の勢いで結成したもので、メンバーは6名(うち一人が今回欠席)。
昔ちょっと鳴らしたことがあった加代さんはボーカル担当。「何もできないのに……オレも渋々」参加した健介さんは、「一番簡単そうに見えた」シロフォン(木琴)担当である。「♪世界は二人のために」では、加代さんは完璧に歌の世界に酔っていた。
その横で、シロフォンの木片を睨みつけながら、ぎこちないなりに懸命に叩く健介さん。時々音が遅れたりするが、5人の和からはみ出すことはなかった。最後は「♪野に咲く花のように」の合唱になった。
夜の夜中、大の大人が手と手をつなぎ合って、である。  そんな彼らの当面の夢は、竹林かみかん畑で5月頃コンサートを開くこと。その頃にはみかんの花が咲いて、「ものすごうよか〜香り」がそこら中に充満するという。


1、自分に合わせて予定を組む(無理をせずボチボチペース)
2、料理は、あるもので作る(食材は自分の畑や山にある旬のものを使う)
3、ようらやる(この地区の方言。気軽にやることを心がけるの意)
4、地元の言葉で話す(方言の方が印象深く、お客さんとうちとけやすい)
5、あくまで農業が主で、民宿は従(出会いは民宿。決して農業をおろそかにしない)

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〒834-0084 福岡県八女郡立花町大字白木4578-1
TEL&FAX 0943(35)0760


大人 一泊 6000円(朝・夕食付き)
こども 一泊 4000円(朝・夕食付き)
チェックイン 15時
チェックアウト 10時
*ねまきはご用意ください
◎クルマの方
九州縦貫自動車道・八女ICより約15km
◎JRの方
矢部線筑後福島駅から桐葉行きバス。桐葉バス停下車(徒歩1分)
鹿児島本線羽犬塚駅下車、羽犬塚駅から八女行きバス
八女から桐葉行きバス。桐葉バス停下車(徒歩1分)



中島健介
「このへんは作物もうんと採れるから、まだそんなには(グリーン・ツーリズムに)目がいっとらん。だからこの山間地で新しいことに挑戦するのは、勇気のいることかなあとも思ってますけど」。とにかく「お互い好きなことを頑張っておればいいんかなぁ」とぼちぼちペースで。
中島加代
娘3人の母。料理は「どこで習ったんですか?」とよく訊かれる。人から教わったことはあるが、正式に習ったことはない。花にしてもまず買ったことがない。いつも近所の人が持ってきてくれる。日光より電燈に映えるというこの孔雀草もしかり。取材中に近所の奥さんが届けにきた。
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